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1/43キュービック・インチ アメリカ車を1/43モデルでアーカイブ

 

(出来る範囲で・・・)総力特集!! フォードGT40 Vol.4; 1966年 勝った方が身のためだ。

いよいよ1966年、ミニカーはixo製にスイッチです。


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↑今回ご紹介するMk-2のミニカーはイクソ製。'66年ルマンにエントリーした8台全てをモデル化しています。(・・・更にテストデイ仕様もあるという拘りっぷりです。)


幸先の良いスタートを切った'65年シーズンも、肝心のルマンは再び全車リタイヤとなってしまったフォード陣営。'66年は必勝を期してシーズンに臨みました。前年急遽デビューさせたMk-2を徹底的に熟成し、外観では空力と走行安定性を得るためにレンベイリーデザインのルマンノーズをベースに前年よりオーバーハングを短縮したフロントカウルを採用。またリアカウルの改良によりエンジン冷却性能の向上等が図られました。リアカウル上部に突き出た特徴的なブレーキダクトは第2戦のセブリング12時間から採用されています。


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↑今回はシェルビーアメリカンエントリーの3台をご紹介。先ずはケン・マイルズ/デニス・ハルム組のカーNo.1(1015号車)。後半独走状態で本来は勝利の栄冠を手にする筈でしたが・・・その辺りは次回記したと思います。ミニカーはダイキャスト製としては細部に至るまで拘った仕上げがなされ、ドライバーの身長に合わせて設定されたルーフのコブの有無も作り分けられています。


メカニズムの面ではエンジンの吸排気系の効率向上によるパワーアップやアルミ化推進による軽量化、耐久性の向上、ギアボックスの耐久信頼性の向上、短時間で交換可能な4輪ディスクブレーキの採用等々、特に耐久・信頼性の向上に力が注がれました。エンジンパワーは485bhpに達していましたが、これは耐久性にマージンを取るため無理に高出力を求めない結果での数字。ドライバーにもエンジン回転数は6,200rpmに抑えて走るよう指示が出されていたと言われています。ルマン制覇に執念を燃やすヘンリー・フォード2世は中核メンバーに「勝った方が身のためだ。」と記したカードを配っていたとかいないとか・・・(恐ろしや。。。)


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↑こちらは思いがけない形で勝利の栄冠に輝いたブルース・マクラーレン/クリス・エイモン組のカーNo.2(1046号車)。2人のドライバーはともにニュージーランド出身。ブラック/シルバーのカラーリングはニュージーランドのナショナルカラーでもあります。


また、物量作戦で増加の一途をたどる出場車数に対応するため、ワークス活動をシェルビーアメリカン単独からストックカーで鳴らしたホールマン&ムーディー、イギリスのアランマンレーシングを加えた3チーム制としました。(基本的なマシンの製作はシェルビーアメリカンが担当。)この点ではタイヤメーカー(グッドイヤーとファイアストン)の争いも合わせて、特にアメリカのシェルビーとホールマン&ムーディーの間でライバル争いが熾烈になりました。フォード社及びホールマン&ムーディーはファイアストンとの結び付きが強く、グッドイヤーを使用していたキャロル・シェルビーの心中は穏やかではなかったようです。


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↑ダン・ガーニー/ジェリー・グラント組のカーNo.3(1047号車)。予選でポールポジションを獲得し一時トップを走るなど活躍しましたが、18時間目にオーバーヒートからヘッドガスケットを破損してリタイヤしてしまいました。


この年のフォードはルマン制覇を主眼に据えていたのでシーズン全てのレースに参加した訳ではありませんでしたが、開幕戦でこの年から24時間レースとなったデイトナ、第2戦のセブリング12時間と2戦続けてケン・マイルズ/ロイド・ルビー組が優勝。どちらもロングディスタンスの耐久レースであった事から関係者は自信を深め、いよいよルマンへと乗り込みました。特にケン・マイルズにとってはデイトナ、セブリングに続く耐久レース3冠という快挙が掛かっており、気合の入り方も相当な物であったと思われます。


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↑出場台数の増加に伴い、この年からマシンのカラーリングが一気に華やかになります。更に1部のマシンではフロントカウルに識別用のカラーリングが施されていたので一層派手ないでたちとなっています。


この年はワークスのMk-2がシェルビーアメリカンから3台、ホールマンムーディーから3台、アラン・マンレーシングから2台の計8台、スモールブロックのMk-1がプライベイターのスクーデリア・フィリピネッティ1台、フォード・フランス1台、エセックス・ワイヤ2台、カムストック・レーシング1台の計5台、Mk-1,Mk-2を合わせて総計13台という大物量作戦。フォードのルマンに懸ける意気込みの凄まじさを物語っています。


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↑レース界の鬼才(!?)ジム・ホールの怪作シャパラル2D。フォードに対抗するようにシボレーV8エンジンを搭載し、フィル・ヒル/ヨアキム・ボニエのドライブで’66年のルマンに出場しますが7時間目にリタイヤ。そのユニークなデザイン、尖ったフロントノーズ、丸4灯のテールランプ等は、コルベットやコルベアに通じる物があるように感じるのは当方だけでしょうか?ミニカーは欧州の書店系アイテムでイクソ製。


一方のフェラーリはプロトタイプクラスはワークスSEFACとNARTから新鋭の330P3が3台、その他プライベイターの365P2/P3が4台、排気量の小さいディノ206SやGTクラスのマシンで総勢14台といった布陣。2強による対決はいよいよそのピークに達した感もありましたが、その他この年はシャパラル2Dや力をつけつつあったポルシェ906等新たな伏兵も登場していました。果たしてフォードGTの戦いや如何に!?


・・・と言う事で今回は台数が多いので、以下は(出来る範囲で)総力特集!! FORD GT40 Vol.5に続きます。


※今回の特集にお友達のねこざかなさんが連動記事をアップして下さいました。貴重なマッチボックス製フォードGT、初期のレギュラーホイールとスーパーファストホイール版の比較記事を是非合わせて御覧下さい。


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(出来る範囲で・・・)総力特集!! フォードGT40 Vol.3; 1965年 427cu.in.の怪物、Mk-2登場。

1965年のルマン、フォードは秘密兵器を投入します。


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1964年のフォードGTの挑戦は、年間を通して全レース全車リタイヤという残念な結果に終わり、フォード本社はワークスレース活動の主体をFAVからシェルビーアメリカンに移管することを決断します。FAVは’66年のグループ4ホモロゲーション獲得のためにGT40を50台製作する事と、レースカスタマーへのサービスを担当する事になりました。1年弱で開発したクルマのたった1年の戦績で判断されてしまうのはジョン・ワイヤーとしては忸怩たるものがあったと思われますが、彼とスモールブロックのフォードGTは後に劇的なカムバックを果たす事になります。


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↑1965年、フォードはスタンダードの289cu.in.と大排気量の427cu.in.二種類のフォードGTをルマンにエントリーしました。


キャロル・シェルビー率いるシェルビーアメリカンではすぐさまフォードGTに徹底したブラッシュアップを実施。搭載エンジンは250cu.in.から289cu.in.(4.7L)に換装され、エンジンルームの排熱の改善、ギアボックスの強化、ブレーキ径の拡大、より幅広のリアタイヤと軽量なハリブランドのマグネシウムホイール等々、徹底的な改良が加えられました。繰り返されるテスト走行・開発の過程で(そしてレーシングドライバーとしても)ケン・マイルズが大きな存在感を示す事となりました。熟成なったフォードGTは開幕戦のデイトナ2000kmで1位と3位、第2戦セブリング12時間でシャパラルに続く2位(シャパラルがレギュレーション外のクルマだったため実質的には1位)と早くもその成果を示し、ルマンへの期待が高まりました。


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↑7リッターのエンジンを押し込み、太くなったスペアタイヤを収める為ノーズが異様に長くなったMk-Ⅱ。フロントフェンダー側面のスポイラーやリアカウルの垂直な3角フィンなど、空力面でもユニークな処理が特徴的です。


一方、フォードはアメリカ国内に新たな子会社、カークラフト社を設立。’66年シーズンを睨んだ新たなマシンの開発を開始していました。それは当時フォード最大の乗用車用エンジンであり、ストックカーレースで圧倒的な強さを見せていた427cu.in.エンジンを搭載したマークⅡでした。巨大なエンジン搭載の為ドライバーシートをやや前方に移動し、太くなったスペアタイヤ格納の為、ノーズが異様なまでに延長されていました。このマシンは’65シーズンは試験的に実戦参加する方向で開発が進められていました。・・・ところがそのポテンシャルに可能性を感じたロイ・ランとドナルド・フレイは、’65年5月になってマークⅡをこの年のルマンに本格投入することを決定。ルマン本戦まであと1か月と言うタイミングで、このマシンの熟成もシェルビー・アメリカンに託されたのでした。


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↑レンベイリーがデザインした通称”ルマン・ノーズ”を初めて装着した記念すべき1006号車。スタート6時間後にオーバーヒートでリタイア。モデルはビザール製のレジン完成品で、リンデン・グリーンのプレーンなボディを美しく再現しています。


シェルビーアメリカンの開発主体が7リッターのマークⅡに移行した事から、289cu.in. の標準的なフォードGTはロブ・ウォーカー(カーNo.7 1004号車 B・ボンデュラント/U.マリオーリ組)、スクーデリアフィリピネッティ(カーNo.6 1005号車H・ミューラー/R.バックナム組)、フォードフランス(カーNo.15 109号車 G・リジェ/M.トランティニアン組)、そしてFAVに託されました。この内、FAVからエントリーしたリンデングリーンという美しい緑色に塗られたカーNo.14(P1006号車)イネス・アイルランド、J.ウイットモア組のマシンは、レンベイリーがデザインした通称「ルマンノーズ」と呼ばれるフロントカウルを初めて採用したマシンとして意義深い1台です。その独特な顔付きは後のフォードGTの標準的な物となってゆきます。


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↑FAV時代からフォードGTの開発に携わったブルース・マクラーレンと、シェルビーのテストドライバーとして開発に加わったケン・マイルズがコンビを組んだカーNo.1(106号車)。3時間目にギアボックストラブルでリタイア。モデルはこちらもビザール製レジン完成品。特異なスタイリングをしっかり再現しています。


そしていよいよ1965年6月のルマン。フォードは2台のMk-Ⅱ=カーNo.1(106号車ケン・マイルズ/ブルース・マクラーレン組)、カーNo.2(107号車フィル・ヒル/クリス・エイモン組)と前述の4台の289cu.in.GT(Mk-Ⅰ)という陣容でレースに臨みました。予選では早速、ダウンフォース不足というMk-Ⅱの熟成不足が露呈しますが、アルミ板手叩きで垂直尾翼のようなフィンやスポイラーを追加して安定性が増すとタイムが上がり、フィル・ヒルの駆るカーNo.2(107号車)がポールポジションを獲得、2位にフェラーリ330P2を挟んで3~5をフォード勢が占めるという強さを見せました。


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↑かつてはフェラーリのエースとして鳴らしたフィル・ヒルと、66年にはマクラーレンとコンビを組む事になるクリス・エイモンのドライブしたカーNo.2(107号車)。スタート7時間目にクラッチトラブルでリタイア。同じくビザール製レジン完成品。


本戦でもMk-Ⅱは圧倒的な速さを見せ、ブルース・マクラーレンとクリス・エイモンがドライブする2台のMk-Ⅱは1-2体勢で序盤をリードします。しかし、レース開始1時間程でエイモンのクルマにギアトラブルが発生して後退、その後289エンジンのフォードもオーバーヒートやギアトラブルで続々とリタイヤ。最後に残ったカーNo.2(107号車)も、7時間後にクラッチトラブルを発生、前年に引き続きフォード勢は開始わずか7時間ほどで全車リタイヤとなってしまいました。


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↑1965年のルマンを制したマスティン・グレゴリー、ヨッヘン・リント組のフェラーリ275LM。ルイジ・キネッティ率いるNARTがエントリーしたマシンは驚くべき耐久性を示し、予期せぬトップでルマンを走り切りました。こちらはイクソ製のダイキャストモデル。美しい仕上がりですが、プロポーションはちょっとポッチャリ気味かも!?。


この年のルマンはまたしてもフェラーリの勝利・・・しかし、フェラーリ陣営にも波乱がありました。フェラーリがフォードGTに対抗すべく投入した最新鋭の330P-2は、こちらも相次ぐトラブルで脱落。ルイジ・キネッティ率いるNART(ノース・アメリカン・レーシング・チーム)のサポートカーである旧式なフェラーリ275LM、前年フォードGTをドライブしたマスティング・レゴリーと当時はまだ若手だったヨッヘン・リント組のカーNo.21は驚異的な耐久性を見せ、徐々に順位を上げて見事ルマンウイナーの栄冠を手にしました。結果的に見れば427cu.in.の怪物、Mk-Ⅱの投入は早すぎたと言う見方も出来るでしょう。しかし、こうした経験の積み重ねが、翌1966年の大躍進に繋がったのでした。


以下、(出来る範囲で)総力特集!! FORD GT40 Vol.4に続く。

(出来る範囲で・・・)総力特集!! フォードGT40 Vol.2; 1964年 ルマン24時間レース初参戦。

1964年、フォードGTはいよいよにルマン参戦。・・・果たしてその結果は!?


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1963年のプロジェクト始動から11か月という短期間で開発されたフォードGT。1964年のニューヨークショーでプレスへのお披露目が終わるや否やヨーロッパに送り返され、4月18日のルマン・テストデイに参加する事になりました。完成の遅れやニューヨークへ空輸してのお披露目などドタバタの結果、それまでの合計走行時間は僅か4時間余り、高速走行の経験はゼロと言う、ほとんどぶっつけに近い状態でのチャレンジとなりました。


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↑4月18日のルマンテストデイに現れたフォードGT。冷却性能向上のためノーズに開けられた開口部など、プレス発表時とは微妙なディテールの違いを見せます。モデルはプロトタイプと同じビザール製レジン完成品。


ここでフォードGTの基本的な構成を簡単におさらいしておくと、メインモノコックはツインチューブ式でルーフまで全てスチール製。ルーフに大きく切れ込んだドアと前後カウルはFRP製。サスペンションは前後ダブルウイッシュボーン、エンジンはこの時点では255cu.in(4.2L)のOHV V8で350bhp/7200rpmのパワーと37.4mkg/5600rpmのトルクというスペック。運転席後方にマウントされ、イタリアコロッティ製の4速MTを介して後輪を駆動するミッドシップレイアウトを採っていました。尚、GT40という車名はフォード社の正式呼称ではなく、車高が40インチ(最終的なスペックでは40.5インチ=1,030mm)である事からこうに呼ばれるようになったようです。


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↑ビザールでは’64年のフォードGTをプレス発表時のプロトタイプ、ルマン・テストデイ、ニュルブルクリンク1000kmレース、ルマン本戦仕様と完璧にフォロー。細部ディテールの違いを見事に再現しています。カーNo.10、102号車はクラッシュしたものの修復され、10月の本戦に出場しました。


テストデイには101号車・カーNo.11と、102号車・カーNo.10の2台、ドライバーはロイ・サルバドーリとジョー・シュレッサーという陣容で参加。しかし開発を急いだ上にまともな試験走行の出来ていなかったフォードGTの走りは安定性を欠いていました。その大きな要因はサスペンションセッティングとボディの空力性能で、ドライブしたサルバドーリの報告によると、長いミュルサンヌ・ストレートで時速273.6km/h走行時にリアホイールが空転したとの事です。結局このテストデイでは2台共にクラッシュ。ドライバー達は幸いにも軽傷で済みましたが、記念すべき第1号車の101は大破してしまい、レースデビューする事無く廃車の運命を辿りました。


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↑テストデイ時と本戦時の102号車。サイドビューで見ると前後スポイラーの有無やフェンダー前端のサイドマーカー等の差異がお分かり頂けると思います。


そして来る1964年11月、フォードGTはいよいよルマンに初参戦。この年フォードは3台のGTをエントリー。102号車・カーNo.10がフィル・ヒル/ブルース・マクラーレン組、103号車・カーNo.11がリッチー・ギンサー、マスティン・グレゴリー組、104号車・カーNo.12がリチャード・アトウッド/ジョー・シュレッサー組という陣容でした。この年のフォードの戦略はNo.10が打倒フェラーリの本命、No.11はフェラーリ陣営をオーバーペースに巻き込んでメカニカルトラブルを誘発させる役割、No.12は堅実に走ってとにかく完走を目指すという分担となっていたようです。


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↑ビザールのルマン本戦仕様モデルは、大きくなったフロント開口やレイアウト変更されたランプ類、前後スポイラーなどを的確に再現しています。かなり闘うレーシングマシンらしい容貌に変化している事が分かります。カーNo.10はエースとも言うべきフィル・ヒル/ブルース・マクラーレン組の102号車。No.11(103号車)、No.12(104号車)も製品化されています。


フォードGTはテストデイでの苦い経験を基に各部を改良。デビュー戦のニュルブルクリンク1000kmレース時には冷却性能向上のためドライビングランプがフロント中央からヘッドランプ下に移設され、中央部には大きな開口が設けられました。また、テールリフトを抑える為、リアカウル後端はスポイラーが追加されました。ルマン参戦時には更にフロントにもスポイラーを追加、リアスポイラーはカウルと一体化され、サイドマーカーをフェンダー側面に移設するなどの改良が施されていました。


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↑テストデイから本戦へ、大きく変貌を遂げた102号車。実車の仕様変更を忠実に再現している辺りはレジン製モデルならではと言えましょうか・・・。


予選ではNo.11のギンサーがジョン・サーティースのフェラーリ330Pに次ぐ2位、No.10のヒルが4位、No.12のアトウッドが9位と好位置につけ、本戦での活躍が期待されました。本戦はスタートと同時にギンサーが猛チャージ、先行するフェラーリ3台を抜いて2周目にトップに立ち、作戦通りに2位以下を引き離しに掛かります。一方ヒルのNo.10はスタートでエンジンストールを起こし最下位でスタート。ウェーバー製キャブレタージェットの目詰まりというトラブルを解決する間に順位は44位まで落ちてしまいます。


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↑この荒削りで戦闘的なフロントマスクは、それはそれで魅力的であります。


ォード勢に異変起きたのはレーススタートからおよそ4時間後。アトウッドのドライブするNo.12がミュルサンヌストレートで火災を起こしストップ。アトウッドは脱出して無事でしたが、なんと耐火性合成素材であるはずのフューエルホースがナイロン製で溶けてしまったという殆ど殺人的なミスによるものした。続いてサーティースのフェラーリとトップ争いをしていたギンサー/グレゴリー組のNo.11がリタイヤ。コロッティ製のトランスミッションのトラブルでした。


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↑この2台のモデルは同じ102号車の1964年ルマン・テストデイ仕様と本戦仕様。実車がこのように並ぶ事はありません。


最下位スタートとなったものの最後まで残ったヒル/マクラーレン組は、キャブレターのトラブルが解消した後は驚異的な追い上げを見せ、夜中にマクラーレンにドライバー交代して5位に浮上。その後ヒルが3分49秒2という最速ラップタイムを叩き出しますが、直後にギアボックストラブルを起こしてピットに帰って来ました。こうしてレース半ばを迎える事なくフォード勢は全車リタイヤとなり、挑戦初年のルマンは終わりを告げました。イタリア製トランスミッションがリタイヤの要因となった事は、皮肉と言えば皮肉な結果ではありました。


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↑こちらは京商のシェルビー・コブラ・デイトナクーペ。残念ながら’65年ルマンのクラス優勝車仕様ではありません。古い製品ですがこちらも素晴らしい出来。しかも購入した当時の価格は確か¥2,800-!!・・・良い時代でした。。。


フォードが全車リタイヤに終わったこの年のルマンはフェラーリの圧勝。トップ6の内5台をフェラーリが占める盤石の勝利でした。・・・しかし、ここにただ1台喰い込んだのがシェルビー・アメリカンがエントリーしたカーNo.5のコブラ・デイトナクーペ。ダン・ガーニー/ボブ・ボンデュラントのドライブで総合4位、GTクラス優勝という快挙を成し遂げました。フォードと同じように打倒フェラーリを目指していたキャロル・シェルビー。彼は翌1965年からのフォードGTプロジェクトに大きく関わる事になります。


以下、(出来る範囲で)総力特集!! FORD GT40 Vol.3; 1965年 怪物Mk-2登場に続く。


(出来る範囲で・・・)総力特集!! フォードGT40 Vol.1; 1963年 GTプロジェクト始動。

少々前置きが長かったですが・・・(汗)。今回から本格的なご紹介に入ります。


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↑例によってフォトレタッチでランプ類を光らせています。ミニカーは点灯しません(笑)。


デトロイトのビッグ3の経営者の中で、ヘンリーフォード2世は早い時期から第2次大戦の痛手から立ち直りつつあったヨーロッパ市場の大きな可能性を見抜いていました。アメリカ国内でモータースポーツでの勝利がクルマの売れ行きに大きく影響することを身を持って知っていたフォードは、ヨーロッパでも同じ成功を手に入れんものと、当時他の全てのグランプリレースを足したよりも価値があると言われていたルマン制覇に照準を定めます。


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↑記念すべきフォードGT1号車。1964年のニューヨークショーでプレス公開されました。


●フェラーリ買収計画

その手段として当初フォードの取った方策は非常に実際的なもので、それは既にヨーロッパのモータスポーツシーンで活躍しているコンストラクターを買収して傘下に収める事でした。この時フォードが白羽の矢を立てたのが当時ルマンで圧倒的な強さを誇ったフェラーリ。折しもこの時期フェラーリは資金難に陥っており、またエンツォ・フェラーリ自身の情熱はモータースポーツに注がれ市販車のビジネスには興味が薄かった事もあり両者の利害が一致。高級スポーツカーを生産販売するフォード・フェラーリ社とレース活動を行うフェラーリ・フォード社を設立するという方向で、フォードから技術担当重役のドナルド・フレイがモデナへ出向いて契約に調印する寸前まで話が進みました。・・・ところが、レース活動での自主決定権がない事にフェラーリ側が難色を示し調印を拒否。合併計画は頓挫する事となりました。


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↑ビザールのモデルはプロポーション、ディテール共に素晴らしい出来だと思います。


●合併計画の頓挫と独自開発の決定。

フェラーリ買収の失敗に伴いフォードは計画を変更。打倒フェラーリをも視野に入れ、自らの手でレーシングマシンを開発する事となりました。・・・とは言え、本格的なレーシングマシンを製作した経験のなかったフォード社は、イギリス、ロンドン近郊のスラウに活動拠点(後のFAV=フォード・アドバンスド・ヴィークルズ)を立ち上げ、ロイ・ランと、キャロル・シェルビーの紹介で合流したジョン・ワイヤーを中心として活動を開始。デトロイト、ディアボーンのフォード研究センターとスラウのFAVが連携して研究と各種設計作業を進めました。この過程でエリック・ブロードレーの手になるローラGT(ローラMk-6)がフォードの構想と近かった為、ブロードレーと2年の契約を結び、ローラGTを2台購入。各種テストや構造の研究に供されました。(ただしエリック・ブロードレーはマシンの構想でロイ・ランと対立し、1年でプロジェクトを去ります。)


→フォードGT開発の礎となったローラGTがどんなクルマだったかは、お友達のうるさんのコチラの記事を是非合わせて御覧下さい。


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↑シンプルなスタイリングはそれはそれで魅力的。このカタチで想定していたポテンシャルが得られなかったのは残念といえば残念です・・・。


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↑フロント&リア周りもシンプルでスッキリしています。


こうした研究・開発の結果、フォードGTは計画開始から僅か11か月と言う短期間で一応の完成を見ました。レーシングカーとしては珍しいオールスチール製のモノコックボディに、ミドマウントのフォード製OHV V8 255cu.in.(4.2L)から350bhpを発生。完成した1号車は1964年のニューヨークオートショー会場で華々しくプレス公開されました。お披露目終了と同時にプロトタイプはすぐさまヨーロッパへ送り返され、ようやく実走行テストに入りますが・・・フォード社が初めて開発したレーシング・スポーツカーには、まだまだ多くの解決すべき問題が残されていたのでした。


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↑初期モデルでもプロト、ルマンテストデー、ルマン本戦などボディの改良過程を正確に再現しているのはレジンならではと言えましょうか・・・。


モデルはビザールブランドで発売されたフォードGTのプロトタイプ。ルマンテストデー参加以前のオリジナルボディを再現したモデルです。レジン製完成品でプロポーション、ディテール共に素晴らしい仕上がり。Mk2など、後のモンスターマシンに比べると非常にシンプルでスリークなスタイリングである事が分かります。このオリジナルボディはルマンテストデーでのシェイクダウンで空力面に問題があることが露呈し、’64年11月のルマン初参戦に向けて改良が施されることになります。


以下、(出来る範囲で)総力特集!!; FORD GT40 Vol.2 1964年ルマン初参戦に続く。


(出来る範囲で・・・)総力特集!! FORD GT40 Vol.0; プロローグ

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。2012年の1/43cu.in.は、昨年末に予告した通り「(出来る範囲で)総力特集!! フォードGT40」でスタートしたいと思います。


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フォードGT。デトロイトの巨人フォード社が、ヨーロッパでのイメージアップを狙いルマンに勝利するために製作したミドエンジンのレーシングカー。苦難の末、'66~'67年をフォードワークスで、’68~'69年はJWAからのエントリーで4年連続制覇するまでの歴史を1/43モデルで振り返りたいと思います。全てを完璧にフォローする迄には至っていませんが、要所は押さえられたのではないかと思っています。今回は序章として歴史を語る上で参考にした文献をご紹介しておこうと思います。


参考文献1; モデルカーズNo.9 1990年1月増刊号 (ネコパブリッシング刊)

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・・・正直に申しますと、元々マスタングをはじめとする量産市販車が大好きな当方、かつてはフォードGTというクルマにそれほど強い興味はなかったのです。そんな当方にFORD GTのヒストリーを素晴らしいモデル作品群と共に教えてくれたのが本書。フジミのMk-Ⅱという優れたキットが発売されていたものの、自宅のプリンターで簡単にデカール自作など出来なかった時代にインレタなどを駆使し、フルスクラッチのJカーやミラージュを含む夥しいGTのバリエーションをカタチにした情熱にはただただ頭が下がります。当方が1/43モデルカーをコレクションする上でもベンチマーク(指標)となった得難い資料であります。


参考文献2; フォード vs フェラーリ 伝説のル・マン (A・J・ベイム著 祥伝社刊)

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この本につきましては昨年末に記しましたので詳細は省略しますが、クルマとしてのフォードGTだけでなく、それに関わった人々の人間ドラマとしての側面が強い1冊です。’66年からのフォードのルマン制覇に関しては、「ヘンリーフォード2世がルマンを金で買い取った。」といった揶揄もありますが、本書を読むとそこに多くの人々の血の滲むような努力、そして大きな犠牲があったことが分かります。簡単に金で買える程、ルマンは甘い物ではないと言う事だろうと思います。人間ヘンリー・フォード2世 vs エンツォ・フェラーリの対峙も読み応えたっぷりですが、個人的にはフォードのテストドライバーであり、レーシングドライバーでもあるケン・マイルズの半生に胸が熱くなりました。

参考文献3; フォードGT (檜垣和夫著 二玄社刊)

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フォードGT開発とレースでの活躍の歴史を豊富な写真と共に紹介する本書。こちらはどちらかと言えばハードウェア寄りの内容を中心に、一連のフォードGTシリーズのみならず実戦には出場しないまま終わったJカーや、JWAで開発されたミラージュM1やP68/69をも包括して解説してくれています。各車両の詳細なディテールなど資料性の非常に高い1冊。各年度のレース出場車からどの個体をミニカーでコレクションするか(資金が限られているので全部は買えない)、購入したミニカーの再現度がどれ程の物であるかの確認など、とても参考になりました。


・・・と言う事で本格的なご紹介は次回から。今回も古のミニカーを1台ご紹介したいと思います。


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↑ピレン独特の質感が美しいグリーンメタリックのボディ。


ご紹介するのは、以前ワンダーランドマーケットで入手したスペインのオートピレン製’66年型フォードGTマークⅡです。フロント&リアカウル、左右のドアがフル可動します。当方の入手した個体は、残念な事にフロントに積まれている筈のスペアタイヤが欠品しているようです。。。ボディーカラーは独特なグリーンメタリックですが、カーNo.2は恐らく’66年のルマンで優勝したブルース・マクラーレン、クリス・エイモン組の車両を指しているのだと思います。


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↑全体的なフォルムやパーツ構成はイタリア メーベトイの物に酷似しています。


このモデルは全体のフォルムやパーツの構成がイタリア、メーベトーイ製のそれと非常によく似ています。オートピレンは元々ディンキーの金型などを引き継いだ製品も多いのですが、本製品も同様にメーベの金型を引き継いでいるのかどうかは、残念ながら当方は勉強不足で良く知りません。。。旧いミニカーながらフォルムや各部の再現もなかなかではないかと思います。機会があればメーベの製品も入手してみたいものです。


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↑前後カウル、ドアがフル可動するのは往年のミニカーならでは。スペアタイヤは欠品!?


次回からは新し目の製品を中心にご紹介して行きます。今回の特集、ちょっと長くなっちゃうかも知れません・・・。


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昭和41年丙午(ひのえうま)年生まれ

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