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(出来る範囲で・・・)総力特集!! フォードGT40 Vol.6; 1966年、Jの悲劇。

今回はちょっと悲しいお話です。


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'66年、悲願の勝利が幸運や偶然による物ではなかったと証明するため、フォードは翌年もルマンに参戦する事を決定しました。しかし'67年のフォードのドライバー・ラインナップには、或る重要な1人の男の名前がありませんでした。・・・その名前とは ― ケン・マイルズ ―。


先回記したように、’66年ルマンの栄冠は最後の最後でケン・マイルズの手をすり抜けてしまい、同時にデイトナ、セブリングに続く耐久レース3冠という前人未到の偉業も夢と消えてしまいました。自らのスピードショップを経営してローカルレースでその名を馳せ、長年シェルビー・アメリカンで開発者・テストドライバーとしてマシンの開発に従事して来た彼は、F1など華やかな国際格式レースの表舞台に立つことはありませんでした。しかしシェルビー・アメリカンがフォードのワークス活動を請け負った事で、デイトナやセブリングでの優勝など、47歳というレーサーとしては異例の遅咲きでスポットライトを浴びる存在となっていたのです。


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↑貴重なFORD-Jの1/43ミニカーはイタリアのポリトーイ製(Art.586)。リアスポイラーが追加された後の姿でモデル化されています。シンプルな造りながらシャシーやホイールまで金属製でずっしりとした重さがあります。(後期には樹脂一体ホイール&タイヤのモデルもあり。)実車はこのように真紅に塗られた事はなかったのではないかと思われます。


フォードは’66年シーズンをMk-2で戦いながら、一方で次世代マシンの開発を進めていました。そのマシンはFIAの”アペンディックスJ”レギュレーションに合致する事から”Jカー”と呼ばれ、Mk-2の弱点であった車両重量軽減を開発の主眼としていました。メインモノコックの構造を見直し、スチールに代わってアルミのハニカム(蜂の巣状)材を2枚のアルミ薄板で挟んだ部材を採用。また'66年の規制緩和に合わせ、コックピットの幅が狭められて空気抵抗の軽減が図られました。プロジェクトは'65年にスタートし66年のルマンテストデイにも出走。目論んでいたポテンシャルを発揮する事が出来ず計画は一時棚上げとなりましたが、67年ルマン参戦に際しMk-2は限界に達しつつあると感じていたフォードはJカーの開発を再開します。しかし・・・


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↑FORD-Jのサイドビュー。空力改善も大きな課題でしたが、リアまで水平に伸びたルーフが一種独特なスタイルを形作っています。(フェラーリ250GTOのブレッド・バンにも似ているような・・・)ルーフ上に突き出ているのは後方視界を確認するためのペリスコープ型リアビューミラー。


ルマンから僅か2カ月余りの1966年8月17日、カリフォルニア・リバーサイド―。この日もマイルズはフォード-Jのテスト走行を繰り返していました。サーキットには息子のピーター・マイルズも友人と共に訪れていました。サーキットのファステストラップ記録を塗り替える激しいテストも終わりに近づき、時速160キロというレーシングマシンにとっては巡航速度ともいえるスピードでコーナーに差し掛かった時―。マシンは何故か急にコントロールを失ってコースアウト。FORD-Jは3mの盛り土から転落して大破・炎上。ケン・マイルズはマシンから投げ出され―そのまま帰らぬ人となってしまったのでした。・・・ルマン優勝という彼の望みは叶えられる事はありませんでした。


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↑ケン・マイルズの命を奪ったFORD-J。そのコンセプトはFORD GT Mk-4へと進化・継承されました。


マシントラブルかドライビングミスか・・・その後事故調査が徹底的に行われましたが、炎上したマシンは損傷が激しく今日に至るまでその原因は究明されていません。今回の特集に際してご紹介した本「フォードvsフェラーリ 伝説のルマン」には、ケン・マイルズに対する心情を吐露するキャロル・シェルビーの言葉が綴られています。ここでそれを詳しく記す事はしませんが、シェルビーの心からの言葉には胸が熱くなりました。ケンマイルズの死によりJカープロジェクトは再び凍結されますが、その後11月に開発を再開。そのコンセプトはGT Mk-4に継承・改良され、’67年のルマンを目指す事となります―。


以下、(出来る範囲で)総力特集!! FORD GT40 Vol.7に続く。


●「総力特集 フォードGT40 Vol.1 1963年 GTプロジェクト始動」補追。


この特集の第1回、フォードGT開発の基礎となったローラGT(Mk-6)に関しては、お友達のうる様への連動でご紹介させて頂きました。その後幸運な事に当方もポリトーイのローラGTを入手する事が出来ましたのでご紹介しておきます。


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↑フォードGTの礎となったローラGT。初期のフォードGTと比べても更にコンパクトなマシンです。ミニカーは精巧なポリトーイのMシリーズの製品(Art534)。ドア周辺のチップ以外は比較的きれいなコンディションですが、2色のストライプが製品オリジナルか否かは当方は確証が持てていません。


ローラGT(ローラMk-6)は、それまで小型のマシンでレースに出場していたエリック・ブロードレイが総合優勝を視野に入れて製作した野心作。アメリカ製V8エンジンのミド搭載を前提としていた事、及びツインチューブ式モノコックボディがフォードの構想と近かった為、契約を結んでフォードが2台を購入。フォードGT開発初期に構造検討や各種テストに供されました。フォードとの契約締結前の63年にはニュルブルクリンクとルマンに出場しましたが、どちらもリタイヤに終わったようです。


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↑リアウインドー越しに見えるエンジンやトランスミッション、サブフレームなどは見応えタップリです。


ミニカーはポリトーイMシリーズの1台で、深く切れ込んだドアが開閉し、リアウインドーを通してエンジンやトランスミッションなどを見ることが出来る精巧な仕上がりとなっています。僅か3台しか製作されず、目立った戦績もなかったこのマシンを製品化したポリトーイ、流石はモータスポーツ好きなイタリアのブランドだなと思います。


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↑レイアウトや構造がフォードGTのベースとなったとは言え、そのスタイリングは全く異なる物です。


今回メイン時事でご紹介したFORD G.T.J.は同じポリトーイのE(エクスポート)シリーズの1台。Mシリーズと比較するとシンプルな造りですが、レジンキット等を除けば1/43では唯一の製品化ではないかと思われます。こちらもフォードGTの歴史を語る上では外せない貴重な1台と言えそうです。


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↑このマイナーなレーシングカー2台を製品化してくれたポリトーイに感謝です。


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昭和41年丙午(ひのえうま)年生まれ

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