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(出来る範囲で・・・)総力特集!! フォードGT40 Vol.7; 1967年、再びの勝利。

・・・今回は画像テンコ盛りでお送りします(笑)。


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'66年の内にウォルト・ハンスゲン、ケン・マイルズという2人のベテランドライバーを失ったフォードでしたが、11月からFORD-Jの開発を再開。・・・しかしJカーはそれまでのMk‐2を上回るポテンシャルをなかなか発揮する事が出来ませんでした。主にボディの空力面に問題があった事からデザインが大幅に見直され、前後オーバーハングを延長、後端まで水平だった特徴的なリアカウルはなだらかなファストバックルーフに改められました。効果は絶大で最高速度が大きく伸びると共に、走行安定性も増すという結果がもたらされました。フォードGT Mk-4の誕生です。


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↑JカーとMk-4のスタイリングの比較。ミニカーの製造時期やメーカが異なるので単純には比べられませんが、似た形状のキャビン部分に対し、前後カウル形状が大きく変わっている事がお分かり頂けるでしょうか?


Jカー~Mk-4の開発が遅れた事で、’67年シーズン第1戦のデイトナ24時間をMk-2で戦ったフォードでしたが、フェラーリの新型マシン330P-4に’66ルマンのお返しとばかりに1-2-3フィニッシュを決められてしまいます。そこでMk-4の開発ピッチを上げて第2戦のセブリング12時間レースに投入し、マクラーレン/アンドレッティのドライブで見事デビューウインを飾ります。その後フォードは’67年シーズンには一切参戦せず、ルマンに照準を絞って開発・熟成を進める事となりました。


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↑Mk-4はイクソがルマンにエントリーした全4台を製品化。カーNo.1はシェルビーアメリカンからエントリー。ダン・ガーニー/A.J.フォイト組はフォードに2回目のルマン優勝をもたらしました。


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↑同じくシェルビーアメリカンからエントリーのカーNo.2、ブルース・マクラーレン/マーク・ダナヒュー組は途中リアカウルが脱落するというアクシデントに見舞われながらも4位で完走。


そして迎えた’67年ルマン―。フォード陣営は4台のMk-4、3台のMk-2B(Mk-2の改良版)、2台のGT40 Mk-1という計10台の陣容で参戦。対するフェラーリは7台の330P-4及びP3とこの年もフォードvsフェラーリの全面対決の様相を見せていました。また、前年に続きシャパラルも2台の2Fをエントリーし侮れない速さを見せていました。予選ではフィル・ヒルのシャパラル2Fを2位に挟んで1,3,4位をフォードが占める結果となりました。


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↑カーNo3及びNo4はホールマン&ムーディーからのエントリー。カーNo.3、マリオ・アンドレッティ/ルシアン・ビアンキ組は午前3時頃にフロントブレーキをロックさせてコース上でストップ。Mk-2B 2台を巻き込んだクラッシュの原因となってリタイヤ。直前のブレーキパッド交換に不手際があったためと言われています。


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↑Car No.4、ロイド・ルビー/デニス・ハルム組は7時間目にコースアウトし、Mk-4の中では最も早いタイミングでリタイヤ。


レース本戦では、やはりフォードとフェラーリそしてシャパラルを含めた熾烈な闘いが繰り広げられます。ナイトセッションに入るとフォードが上位を独占したかに見えましたが、カーNo.3 アンドレッティのマシンの前輪がロックしてコースを塞いだ所に後続2台のMK-2が絡み、一挙に3台共リタイヤするといった波乱もありました。


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↑カーNo.7及びNo.8の2台がエントリーしたシャパラル2Fは共にリタイヤ。モデルはイクソ製で残念ながらフィル・ヒルのドライブで予選2位になったNo.7ではありません。・・・しかし定価の1/4程度という破格値で入手出来ました(笑)。


レースは最終的にはポールポジションからスタートし、時にマシンが壊れるのではないかという速さで周回を重ねたダン・ガーニー/A・J・フォイト組のカーNo.1が激しく追い上げるカーNo.21のフェラーリ330P4に5週の差をつけてトップチェッカーを受け、途中でリアカウルが吹き飛ぶというアクシデントに見舞われたブルース・マクラーレン/マーク・ダナヒュー組のカーNo.2も4位でフィニッシュしました。カウルの修理にはシェルビーアメリカンのクルーの驚くべき手腕が発揮され、ガムテープやキャロルシェルビーのズボンのベルトまでもが使われたと言われています。


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↑フェラーリの意地を見せ、2位でフィニッシュしたカーNo.21、M.パークス/L.スカルフィオッティ組の330P4。ミニカーはイクソ製で欧州でルマン出場車を扱った書店系アイテムとして発売された物。日本の書店で販売されたフェラーリ・コレクションには残念ながら含まれませんでした。


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↑3位でフィニッシュしたW.メレス/J.ビュアリス組のマシンは日本の書店で販売されたフェラーリコレクションからの1台。イクソの330P4は実車のグラマラスなフォルムを良く捉えていると思います。高価なレジンやホワイトメタルモデルでなくても、当方は満足です。


対するフェラーリもカーNo.21、M.パークス/L.スカルフィオッティ組の330P4が2位、カーNo.24、W.メレス/J.ビュアリス組の330P4が3位と意地を見せました。フォードMk-4が排気量無制限クラスだったのに対し330P4は排気量5リッター以下クラスであったので、フォード、フェラーリ共にクラス優勝という結果でした。そしてフォードがルマン以降参戦しなかった事もあり、この年のマニファクチャ―ズタイトルはフェラーリの物となったのでした。


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66年に続く、しかもメークス、ドライバー共にアメリカという完璧な勝利―。こうして2年連続でルマンを制したフォードは、ヨーロッパにおけるブランドイメージ向上という初期の目的は達成したとしてワークスでのレース活動から手を引きました。しかしこの年には、プライベイタ―となったジョン・ワイヤーのJWAからフォードGTをベースとするマシンがエントリーしていました。そしてその活動は’68年、’69年のルマンへと繋がってゆくのでした・・・。


以下、(出来る範囲で)総力特集!! FORD GT40 Vol.8に続く。


1967年 フォードGTルマン出場車リスト


●シェルビー・アメリカン


Mk-4 Car No.1(J-5) ダン・ガーニー/A・J・フォイト


Mk-4 Car No.2(J-6) ブルース・マクラーレン/マーク・ダナヒュー


Mk-2B Car No.57(1047 or 1031) ロニー・バックナム/ポール・ホーキンス


●ホールマン&ムーディー


Mk-4 Car No.3(J-7) マリオ・アンドレッティ/ルシアン・ビアンキ


Mk-4 Car No.4(J-8) ロイド・ルビー/デニス・ハルム


Mk-2B Car No.5(1031) フランク・ガードナー/ロジャー・マクラスキー


●フォード・フランス


Mk-2B Car No.6(1015) ジョー・シュレッサー/ギ・リジェ (整備はH&Mが担当)


Mk-1 カーNo.16(1020) ヘンリー・ガードナー/ピエール・デュメイ


●スク―デリアフィリピネッティ&スクーデリア・ブレシア・コルス


Mk-1 Car No.18(1042) ウンベルト・マグリオーリ/マリオ・カソーニ


●JWA & Dawnay Racing


Mk-1 Car No.62(1026) マイク・サーモン/ブライアン・レッドマン


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昭和41年丙午(ひのえうま)年生まれ

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