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FORD GT特集補足: コンストラクター、キャロルシェルビーのルマン。PART2 ~ TMS '64 Shelby Daytona Coupe Le Mans

なかなか本題のフォードGTに入れませんが、もう少しだけシェルビーのルマンについて記したいと思います。

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'63年、純然たるワークス態勢ではないものの、コブラでのルマン初挑戦を総合7位完走で終えたシェルビーは、'64年には新たにデイトナクーペを開発し、ワークス体制でルマンに挑みました。ルマンではコブラに独特なハードトップルーフを装着したものの、エアロダイナミックの面でフェラーリ勢に劣ることが明白となったため、シャシーや289cu.in.(4.7リッター)ウインザーV8エンジンなどのコンポーネントをコブラから継承しつつ、空力特性に優れたクーペボディを構築、64年のデイトナ2000Kmレースでデビューした事からデイトナクーペと呼ばれるようになりました。

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↑オープンボディのコブラでは空力面でライバルのフェラーリとトップスピードに差があったため、弱点を改善してファストバックのクーペボディを纏ったデイトナクーペ。ある種アメリカンらしい迫力に満ちた佇まいです。

ピート・ブロックの手になるボディデザインは、後半にピークのあるルーフラインや大きく盛り上がったリアフェンダーなど力感に溢れ,独特の迫力と魅力が感じられます。デビュー戦のデイトナでは惜しくもリタイヤとなりましたが、セブリング12時間での優勝を経てルマンに挑む事となりました。ダン・ガーニー/ボブ・ボンデュラント組のデイトナクーペは、終盤にオイルクーラーからのオイル漏れというトラブルを抱えつつもGTクラスでは他を圧倒する速さを見せ、クラス1位総合でも4位という好成績でフィニッシュする事となりました。レース後、同じく打倒フェラーリを目標としていたポルシェのチーム監督フシュケ・フォン・ハンシュタインは、フェラーリを倒してくれたことでシェルビーに感謝の言葉を贈ったと言われています。

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↑TSMのモデルは美しい仕上がりで見ごたえがありますが、レジン完成品としてはウインドウ類のフィッティングが非常に良いと思います。

今回ご紹介するのはTSMから多種多様な仕様で発売されたシェルビー・デイトナクーペのレジン完成品からの1台で、'64年ルマンクラス優勝に輝いたCSX2299です。以前GT40特集内でご紹介した京商のモデルは別仕様でしたが、TMSからの発売によって無事ルマン仕様を入手する事が出来ました。要所にエッチングパーツを用いた精密な仕上がりで、ブルーメタリックの塗装も美しく、またこの種のレジン製品としてはウインドウ類のフィッティングが非常に良い点も特筆に値するのではないかと思います。クリアなガラス越しに室内のディテールが良く見えて見応えのある仕上がりとなっています。

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↑この年、ジョン・ワイヤー率いるフォードワークスのGTがルマンに初出場を果たしますが、結果は全車リタイヤ。シェルビーとは対照的な結果となってしまいました。画像奥はビザール製フォードGT'64 ルマン仕様、フィル・ヒル/ブルース・マクラーレン組のカーNo.10(102号車)

こうしてルマン挑戦2年目でシェルビーアメリカンが大きな成果を挙げた一方、この年ルマン初挑戦であったフォードGTは全車リタイヤという厳しい現実に直面したばかりか、その年のエントリー全てをリタイヤで終える事となってしまいました。(詳細は過去記事を参照下さい)結果ジョン・ワイヤーはたった1年でプロジェクトのマネージメントから外されてしまい、翌'65年シーズンからはキャロルシェルビーがその任に就く事となったのでした。そして、その人事を行ったのは誰あろう、ヘンリーフォードⅡ世の腹心であり、映画”フォードVSフェラーリ”ではすっかり悪役にされてしまっていたレオ・ビーブその人だったのでした。シェルビーがフォードGTプロジェクトに抜擢された結果、デイトナコブラの活躍は'65年シーズンで終わる事になってしまったのは、皮肉と言えば皮肉な結果ではありました。

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FORD GT特集補足: コンストラクター、キャロル・シェルビーのルマン。 ~BOX MODEL '63 AC SHELBY COBRA LE MANS

昨年12月に頑張りすぎて、今年1月・2月は息切れ気味であります。。。

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レーシング・ドライバーとしてアストンマーチンにルマン24時間レースで初の総合優勝をもたらし、F1のステアリングをも握ったキャロルシェルビーでしたが、狭心症によりそのキャリアを諦めざるを得なくなりました。引退後はシェルビー・アメリカンを設立し、自身の理想とするスポーツカーのデザイナー・コンストラクターとして腕を振るう事となりました。彼の最初の作品はイギリスのライトウェイトスポーツカー、ACエースにフォードの260cu.in.(4.2リッター)エンジンを押し込んだコブラで、当時コルベットに対抗し得るスポーツカーを持たず(コルベットの対抗としてデビューしたサンダーバードは年を追うごとに大型化・ラグジュアリー化していた)、実用大衆車メーカーというイメージを払拭したがっていたフォード社と利害が一致。フォードはシェルビーアメリカンに対して、都度資金提供や工場用地取得などの便宜を図り、その過程でキャロル・シェルビーとリー・アイアコッカ個人との間にも太いパイプが結ばれていったようです。

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↑'62年に販売を開始し、翌'63年には早くもFIAホモロゲーションを取得、モータースポーツシーンに進出したコブラ。ルマン・ルーフと呼ばれる独特なハードトップを備えた姿が個性的です。

'62モデルイヤーにコブラMk-1を発売した後、キャロルシェルビーは'63年にFIAのホモロゲーションを取得、コブラをモータースポーツの世界へと送り出しました。この年、コブラは早くもルマン24時間レースに参戦していますが、ワークスとしての出走は時期尚早と判断したシェルビーは、車両をACカーズとシェルビーアメリカンのディーラーに委ねます。カーNo.4ディーラープライベートエントリー車は規定前のオイル交換により失格となってしまいますが、ACカーズのエントリーしたカーNo.3は6台のフェラーリに次ぐ総合7位に入賞、初出場にして早くもそのポテンシャルを見せつける結果となったのでした。この年、シェルビーはオープンボディのコブラにルマン・ルーフと呼ばれたセミファストバック風のハードトップを被せてレースに臨み、その姿はロードバージョンとは異なる迫力と魅力を醸し出しているように思います。

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↑ミニカーはACカーズからエントリーしたカーNo.3、イギリス人ドライバーニニアン・サンダーソン/ピーター・ボルトンのドライブで6台のフェラーリに次ぐ総合7位でフィニッシュしたマシン。ボックスモデルのこのパッケージも懐かしい感じがします。

ミニカーはイタリア製ボックスモデルの古い製品で、ACカーズからエントリーしたカーNo.3、ニニアン・サンダーソン、ピーター・ボルトン組のドライブで総合7位に食い込んだマシンです。同じ仕様のモデルはスパークからも発売されていたと思いますが、当方は新製品当時にこのモデルを入手していたのでスパーク製品はスルーしてしまいました(資金がなかったとも言う・・・)。入手してからかなりの年月が過ぎていますが、美しいグリーンメタリックの塗装やデカール類にも劣化が見られず、良好なコンディションを保っています。程々の造り込みもなされており、近年の製品と並べても大きくひけは取らないように思います。購入当時はレースのリザルトなどは知らなかったのですが、美しいボディーカラーに惹かれてこちらのマシンを選んでいました(笑)。

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↑モデルは新製品時にリアルタイムで購入したイタリア、BOXモデル製の古い製品。ボディの塗装劣化やデカールのひび割れなどもなく、良好なコンディションを保っています。

BOXモデルのコブラは同ブランドでは数少ないアメリカ車の製品化でしたが、ルマン以外にも幾つかのレース仕様が存在したほか、ロードバージョンもバリエーションとして展開していました。ワイドボディの427ではなく、ナローボディの260/289系統をプロトタイプとしていた点は、今となっては貴重な事かも知れません。ロードバージョンのモデルはベースとなったACエースと共に、また別の機会にご紹介したいと思います。・・・こうしてコンストラクター・シェルビーのルマン初挑戦は幕を閉じましたが、ストレートでのフェラーリとのトップスピードの差は如何ともしがたく、翌'64年は更にレースに特化したマシンを投入してゆく事になります(次回へ続く)。

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FORD GT特集補足: レーサー、キャロル・シェルビーのルマン。 ~Spark Aston Martin DBR1 Winner Le Mans 1959

更新をサボっていたら2月になってしまいました・・・。

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映画”フォードVSフェラーリ(原題: FORD v FERRARI)”を観て血中フォードGT濃度が上がってしまったので、2012年1月から3月の間、10回に渡ってお送りした”(出来る範囲で)総力特集!!フォードGT40”の補足をお送りしたいと思います。主として特集以降に発売されたフォードGTと、それに関連するクルマのモデルのご紹介となりますが、前述の映画がキャロル・シェルビーとケン・マイルズをストーリーの主体としていた事もあり、血中シェルビー濃度も上がってしまっています(笑)。なのでフォードGTに関わる以前のキャロル・シェルビーとルマンの関係についても簡単に触れておこうと思います。(過去の特集をはじめとするフォードGT40記事は、カテゴリーのフォードGTでソートするとご覧頂けます。)

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↑'56年から'59年までに僅かに5台が製造されたDBR1。4台がファクトリーチームで使用され、モータースポーツにおけるアストンマーチンの黄金時代を築きました。ルマン仕様は後輪をカバーするスパッツや、前輪に深く覆いかぶさるフェンダーなど、独特な姿をしています。

・・・ということで、補足特集の最初に採り上げるのはアストンマーチンDBR1であります。ご存じの方も多いと思いますが、キャロル・シェルビーはコブラをはじめとするスポーツカー、レーシングカーのコンストラクターとなる以前にレーシングドライバーだった事があり、そのキャリアの中でも最も輝かしい戦績がルマン24時間レースの優勝だったのです。その後残念な事に狭心症を患っている事が判明し、レーサーとしてのキャリアを諦めざるを得なくなるのですが、この事がなかったらシェルビーコブラやGT350/500は誕生しなかった訳ですし、彼が関わらなかったらフォードGTプロジェクトがどうなっていたかも分かりません。歴史の綾とも言える数奇な運命と思います。

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↑コチラは過去記事でご紹介済のイクソ製DBR1 '59ルマン優勝車。イクソは'50~'60年代の曲線ボディの表現に優れたモデルが多いと思います。このDBR1も良い仕上がり。

1959年、シェルビーはアストンマーチンのドライバーとしてルマン24時間レースに出場。彼とロイ・サルバドーリのドライブするDBR1が総合優勝、2位にポール・フレール/モーリス・トランティニアン組が入賞し1-2フィニッシュ、アストンマーチンに初のルマン総合優勝をもたらしました。'56年に誕生したDBR1は5台が製作され、内4台がアストンのファクトリーチームで使用されました。この59年にはルマンの他、ニュルブルクリンク、グッドウッドでも勝利してコンストラクターチャンピオンシップをも獲得、モータースポーツにおけるアストンマーチンの黄金期を形成しました。尚、ネットでDBR1を検索すると、日本のサイトで'58年と'59年にルマンで連続優勝という記述が散見されるのですが、前後の文章やドライバーの顔ぶれを勘案すると、これはニュルブルクリンクのリザルトの誤記ではないかと思われます。

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↑スパークのDBR1はレジンらしいシャープな仕上がり。薄板で成型されたウインドウ&トノカバー、リアタイヤを覆うスパッツなどはダイキャスト製モデルとは異なる魅力を感じさせます。

モデルはスパークから発売となった1/43のDBR1で、'59年のルマンでシェルビー/サルバドーリ組のドライブで優勝したマシンです(5台製造された内の第2号車)。同ブランド定番のレジン完成品でプロポーション、フィニッシュ共に良好な仕上がり。同じ仕様のDBR1はキャロル・シェルビー氏が亡くなった際の記事でイクソ製のモデルをご紹介しています。イクソ製モデルも良好な仕上がりですが、エッチング製のワイヤーホイールや薄板の後輪スパッツなど、スパーク製モデルも流石だなと思わせる部分が多々あります。ルマンで2位に入賞したフレール/トランティニアン組のマシン(製造第4号車)も入手したかったのですが、残念ながら予算が確保出来ませんでした・・・(泣)。

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●製品情報、スパークがケン・マイルズ絡みのフォードGTを続々再生産!!
既にミニカーショップさんでも予約受付が開始されていますが、スパークが'66年のセブリング12時間優勝車、デイトナ24時間優勝車、ルマン24時間2位、そしてルマン3位入賞車でパレード走行に加わったロニー・バックナム/ディック・ハッチャーソン組のカーナンバー5と、フォードGTの1/43モデルを続々再生産。当方はルマン仕様の2台は入手済ですが、映画を観てしまった後では・・・デイトナ仕様は絶対欲しくなってしまいます(7,000回転まで上げろ!)。となると、セブリング12時間仕様も並べてケン・マイルズの”幻の耐久レース3冠”を偲びたくなってしまいます。全くもって時宜を得ているというか・・・もう、商売上手だな~。
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昭和41年丙午(ひのえうま)年生まれ

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