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FORD GT特集 補足:Spark FORD GT Mk-2 Le Mans 1966 #2 勝利の栄冠に輝いたマシン

非常事態宣言全面解除も近い?今日も自宅でできるブログ更新継続です。

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さて、今回ご紹介するのは最終的に'66年ルマン優勝の栄冠に輝いたカーNo.2 1046号車です。ドライバーは共にニュージーランド出身のブルース・マクラーレンとクリス・エイモン。マシンはニュージーランドのナショナルカラーであるブラックとシルバーに塗られ、右フロントフェンダーにはNZのロゴも入っています。マシンを見た2人のドライバーはとても喜んだと言われています。粋な計らいですが、渋いカラーリングはFORD GTの筋肉質なボディとも相まって、独特の凄味を感じさせます。実質2位のポジションにいましたが、レース終盤に3台同時ゴールという演出を行った結果、走行距離の最も長かった者が優勝というルマンのレギュレーションの綾により最終的に'66年の栄冠を手中にする事となったのでした(予選下位だったマクラーレン/エイモン組の方が、マイルズ/ハルム組より後方スタートだった分走行距離が長かった)。

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↑2人のニュージーランドドライバーに合わせ、ブラックとシルバーのナショナルカラーに塗られたカーNo.2 1046号車。フォードの戦略、ルマンのレギュレーションなど複合的な要因が絡み合い、最終的に総合優勝の栄誉を担いました。

モデルは今回もスパークのレジン完成品、ドライバー側ドアのルーフにコブあり、ゴールドのホイールにシルバーのスピンナー、タイヤはグッドイヤーを履いています。カーNo.2はシェルビー・アメリカンの3台の中では唯一、スタート時はファイヤーストーンのタイヤを履いていましたが、これはドライバーのブルース・マクラーレンがファイヤーストーンと契約していた事による物。ところがレース開始後、タイヤのグレイニングが発生、ピットストップ時にグッドイヤーに交換したのでした。この問題と、タイヤ交換時のレギュレーション確認によって、マクラーレン/エイモン組は後退を余儀なくされ、この事がなかったら件のパレード走行がなくても優勝していた可能性もあったと言われています。様々な要因が複雑に絡み合った結果としてのリザルトだったと言えるかも知れません。

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↑モデルはスパークの1/43レジン完成品。過去にご紹介したことがありますが、今回は一応新たに撮影をしました。グッドイヤーのタイヤを履いているので、スタート時では無くタイヤ交換後の姿を再現した物。パレード走行の再現には都合が良い状態です。

●ネタバレ・映画フォードVSフェラーリと歴史的事実の相違点!?

さて、評論家や観客からの評価も高く、当方も大好きな作品である映画、”フォードVSフェラーリ(原題FORD v FERRARI)”映画の尺で数年の出来事を語るための省略や、エンターテイメントとしての演出等により歴史的事実と異なる点が散見されます。今回もA・J・ベイムの著書”フォードVSフェラーリ 伝説のルマン”との対比を軸に気付いた点を記してみたいと思います。毎回記していますが、上記映画と本のネタバレがありますので、未見・未読の方はご注意願います。

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その3: ケン・マイルズは'65年のルマンに出場していた!!
映画ではすっかり悪役に仕立て上げられてしまった副社長、レオ・ビーブの差し金により'65年のルマンドライバーから外されてしまい、アメリカのシェルビーファクトリーで一人寂しくルマンのラジオ中継を聴いていたケン・マイルズですが、実際には彼は'65年のルマンに出場していました。この年フォードは2台のGT Mk-2をエントリー、カーNo.1がブルース・マクラーレン/ケンマイルズ組、カーNo.2がフィル・ヒル/クリス・エイモン組というラインナップでした。ただし、ケン・マイルズはブルース・マクラーレンからドライブを交代してすぐにギアボックストラブルでリタイヤ、殆ど走ることが出来ずにこの年のルマンを終えました。

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↑こちらは過去の特集でご紹介したイクソ製のモデル。新製品当時の通常価格帯ダイキャスト製1/43モデルとしては、各車の作り分けは素晴らしいものでした。

・・・という事で、ケンマイルズがドライバーラインナップから外されるというのは映画の中だけのお話でした。歴史的事実としては'64年のフォードのルマン参戦時はまだシェルビーアメリカンが関わっておらず、結果的にケン/マイルズもフォードGTに乗っていなかったので、映画で描かれた'65年は史実の'64年と'65年をミックスして、そこにフォード側からの横槍というストーリーを付加したのではないかと推測します。ネットで調べてみても、レオ・ビーブという人は実際はもっと立派な人物だったというような記述もあり、映画では本当にとんだ悪役に仕立て上げられてしまったものです。こういう場合、悪役相当の人間は架空の人物にしておいた方が良かったのではないかなと思いました。

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FORD GT特集 補足:Spark FORD GT Mk-2 Le Mans 1966 #3 シェルビー・アメリカンのマシン

緊急事態宣言の効果が徐々に出始めているでしょうか?まだまだ気を緩めずにブログ更新したいと思います。

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・・・お送りしているフォードGT特集の補足、'66年ルマンはいよいよシェルビー・アメリカンがエントリーしたマシンたちに移ります。今回ご紹介するのはカーNo.3、1047号車です。レッドのボディにホワイトのストライプが目に鮮やかなマシン。ドライバーはダン・ガーニー/ジェリー・グラントの2人で、この3号車は2人のドライバーを含めオールアメリカン。予選では3分30秒6というラップタイムを叩き出しポールポジションを獲得、本戦でも一時トップを走るなど活躍しますが、18時間目にオーバーヒートからヘッドガスケットを破損して惜しくもリタイヤとなりました。レッド&ホワイトのボディカラーを引き継いだGT Mk-4とダン・ガーニーは、翌'67年のルマンで大きな成果を残す事になります(もう一人のドライバーはA・Jフォイト)。

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↑大活躍したカーNo.3 1047号車。惜しくも17時間目にリタイヤ、シェルビー・アメリカンのエントリー車による1~3位独占は実現しませんでした(3位はホールマン&ムーディーエントリーのカーNo.5)。

モデルは毎度お馴染みスパークの1/43レジン完成品です。ドライバー側ドアのルーフ部にコブあり、ルーフのドア開口部には先回ご紹介した4号車とは異なる形のカバーというかフランジのようなディティールがモールドされています。こうしたボディ本体に関わる形状の作り分けは、レジン完成品の特質が活かされていると言えると思います。ホイールは4輪ともゴールドでスピンナーはシルバー、タイヤはグッドイヤーを再現してあり、この辺りのディテールは過去にご紹介したイクソ製モデルと近いです。都度同じ事を記していますが、ダイキャストでルーフのコブなどを作り分けたイクソ製モデル頑張っているなと思います。

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↑フェラーリに対抗するようなレッドのボディも中々にカッコ良いです。スパークのモデルは今にも走り出しそうな車両姿勢が良い雰囲気です。

●ネタバレ・映画フォードVSフェラーリと歴史的事実の相違点!?

今年に入って日本でも公開され、先頃映像ソフトも発売になった映画”フォードVSフェラーリ(原題:FORD v. FERRARI)”。誤解のないように申し上げると、私も大・大・大好きな作品で、劇場で鑑賞後ソフトも購入して繰り返し観ています。実話をベースとしたレース映画として”グランプリ”や”栄光のルマン”に並び得る一級のエンターテイメント作品になっていると思います。しかし、現実世界で4年に渡る話を153分で語るためには大幅な省略が、またエンターテイメント性を高めるためには事実の誇張や改変が必要だったであろう事は想像に難くありません。先回に続き、映画とA・Jベイム氏の著書”フォードVSフェラーリ”との比較を中心に、気になった点を記してみたいと思います。例によって上記映画と本のネタバレがありますので、未見・未読の方はご注意願います。

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その2: アイアコッカはフェラーリとの提携交渉の席には着いていない!?
映画ではフォードとフェラーリの合併交渉のため、リー・アイアコッカがイタリアのモデナに赴いた事になっていましたが、実際にフェラーリ社を訪問したのは'64年4月の初協議は技術者のロイ・ランを中心とするメンバー、5月の最終契約締結時は技術担当のドナルド・フレイを中心とするメンバーだったようです。映画でもドン・フレイ(眼鏡を掛けた人物)はアイアコッカと共にフェラーリ社を訪問していましたが、重要な契約の締結にビジネスの専門家ではなく技術担当者を向かわせたのは、エンツォ・フェラーリの気質を考えた深謀遠慮だったのかなという気もします。A/Jベイム氏の著書によると、実際二人は意気投合、フェラーリはフレイを工学博士と呼んで一緒にドライブに出掛けるなど、両社の提携は最終的には上手く行かなかったものの、個人的には親交を深めたようです。

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↑こちらはイクソ製モデル。毎回同じ事を記してしまいますが、ダイキャストにしてこの作り分け、イクソのモデルも素晴らしいと思います。

映画での活躍は少なかったですが、このドン・フレイという人物は後にフォードの技術担当重役になる人で、アイアコッカをマスタングのプロジェクト全般の父とすると、技術開発面での父とも言えるような人です。余談ですが、映画でアイアコッカが重役にマスタングプロジェクトのプレゼンをする際、「ジェームス・ボンドが乗りたくなるような車・・・」と言いながらアストンDB5の傍らに佇むショーン・コネリーの写真を使っていましたが、DB5のボンドカーが登場するのは'64年公開の007ゴールドフィンガーからで、あろう事か同作には初代マスタングのコンバーチブルも登場、DB5の秘密兵器でタイヤとボディを切り裂かれていました・・・と、マスタング好きとしては突っ込まざるを得ません(笑)。

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FORD GT特集 補足:Spark FORD GT Mk-2 Le Mans 1966 #4・・・と、映画フォードVSフェラーリ。

お籠もりGWもあっという間に終了、1回くらいはブログを更新しておこうと思います。

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今回ご紹介するのはホールマン&ムーディーからエントリーした最後の1台、カーNo.4 1032号車です。カッパーメタリックのボディにグリーンの識別カラー、ノーズの識別カラー面積が広いのが印象的で、よく見るとフロントフェンダーからドアの前端に掛けて、ブラックのピンストライプも入っているようです。ドライバー側ドア上部のコブなし、ルーフのドア縁に風よけのようなカバーが装着されています。タイヤはファイアーストーンを履きホイールは4輪共にゴールドですが、一部にグリーンのマーキングが施されています(4輪ともなので左右の識別ではなさそう・・・何のため?)。ドライブしたのはポール・ホーキンス/マーク・ダナヒューのコンビで、スタートから5時間でギアボックストラブルのためリタイヤしています。

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↑ホールマン&ムーディからエントリーしたカーNo.4 1032号車。ポール・ホーキンス/マーク・ダナヒューのドライブでしたが、5時間目にギアボックストラブルでリタイヤ。ホールマン&ムーディーで完走したのは、先回ご紹介した5号車1台のみでした。

モデルは言わずもがなのスパーク製1/43レジン完成品で、プロポーションやフィニッシュは他の66年ルマン出場車同様の良好なまとまりを見せています。先述のドア上部のディテールや標識灯の位置など、各号車毎のディテールの作り分けは流石と言うべきでしょうか。過去にご紹介したイクソのモデルも、ダイキャスト製としては驚くべき作り分けがなされていましたが、やはりレジン製という事もあり、この点に関してはスパーク製に分があるように思います。ボディカラーや識別カラーの色調にも解釈の違いがある点も興味深いです。何分実車を見たことがないので、どちらがリアルかなんて野暮は言わないでおこうと思います。

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↑スパークのモデルはレジン製という特性を活かし、細部の作り分けに秀でています。イクソ製モデルもダイキャストとしては驚異的な作り分けでしたが、この点に関してはやはりスパークに分があるように思います。

 ●ネタバレ 映画フォードVSフェラーリと歴史的事実の相違点!?

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↑連休中に発売となったフォードVSフェラーリのブルーレイ/DVDセット。アウターケースはうっかり嬉しい(笑)。パッケージに”お家でブルーレイ、クルマや外でDVD!”と書いてありますが、個人的にはやっぱりDVD無しでその分安くして欲しかったかな・・・。このセットでは、映像特典はブルーレイディスクのみに収録されています。

この連休中、予約していた映画”フォードVSフェラーリ(原題;FORD v FERRARI)”のブルーレイ/DVDが届きました。先ずは映像特典を全て観て、続いて本編を英語と吹き替えで各1回鑑賞、勢いでA・J・ベイムの著書”フォードvsフェラーリ 伝説のルマン(原題;GO LIKE HELL FORD, FERRARI AND THEIR BATTLE FOR SPEED AND GLORY AT LE MANS)”を再読破、お籠もりGWを満喫しました。・・・結果、映画と史実の違いが色々と見えてきたので、気付いた事を数回に渡り記してみたいと思います。上記映画と本の比較がメインなので、全てが正しいかどうかは分かりません。その位の認識で見て頂ければ幸いです。尚、映画と本の内容に関するネタバレがありますので、未見・未読の方はご注意下さい。

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↑こちらは過去にご紹介したイクソ製のモデル。ボディカラーや識別カラーの解釈には違いが見られて興味深いです。

その1:フォードGT開発の開始について。
これは以前も記した事がありますが、映画ではキャロル・シェルビーが最初からフォードGTの開発に関わったような描かれ方をしていましたし、何とは無しにですが、本格的な開発開始が'64年でルマン初参戦が'65年という話になっているように感じられました。実際にはフォードGTの開発は'63年、ジョン・ワイヤーとロイ・ランを中心にしてスタート、'64年にルマンに初参戦しますが全車リタイヤと惨敗。翌'65年からプロジェクトはキャロル・シェルビーに委ねられ、参戦3年目の'66年にようやく勝利を手中にします。シェルビーがフォードGTプロジェクトに先立って'63年からコブラをルマンに送り込んだ事、デイトナコブラで'64年にクラス優勝・総合4位を獲得した事は全く語られていません。アストンマーチンのレース活動を指揮していたジョン・ワイヤーをフォードに紹介したのは誰あろう、'59年のルマンにドライバーとして出場し、アストンマーチンDBR1を勝利に導いたキャロル・シェルビーその人でした・・・。

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昭和41年丙午(ひのえうま)年生まれ

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