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(出来る範囲で・・・)総力特集!! フォードGT40 Vol.3; 1965年 427cu.in.の怪物、Mk-2登場。

1965年のルマン、フォードは秘密兵器を投入します。


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1964年のフォードGTの挑戦は、年間を通して全レース全車リタイヤという残念な結果に終わり、フォード本社はワークスレース活動の主体をFAVからシェルビーアメリカンに移管することを決断します。FAVは’66年のグループ4ホモロゲーション獲得のためにGT40を50台製作する事と、レースカスタマーへのサービスを担当する事になりました。1年弱で開発したクルマのたった1年の戦績で判断されてしまうのはジョン・ワイヤーとしては忸怩たるものがあったと思われますが、彼とスモールブロックのフォードGTは後に劇的なカムバックを果たす事になります。


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↑1965年、フォードはスタンダードの289cu.in.と大排気量の427cu.in.二種類のフォードGTをルマンにエントリーしました。


キャロル・シェルビー率いるシェルビーアメリカンではすぐさまフォードGTに徹底したブラッシュアップを実施。搭載エンジンは250cu.in.から289cu.in.(4.7L)に換装され、エンジンルームの排熱の改善、ギアボックスの強化、ブレーキ径の拡大、より幅広のリアタイヤと軽量なハリブランドのマグネシウムホイール等々、徹底的な改良が加えられました。繰り返されるテスト走行・開発の過程で(そしてレーシングドライバーとしても)ケン・マイルズが大きな存在感を示す事となりました。熟成なったフォードGTは開幕戦のデイトナ2000kmで1位と3位、第2戦セブリング12時間でシャパラルに続く2位(シャパラルがレギュレーション外のクルマだったため実質的には1位)と早くもその成果を示し、ルマンへの期待が高まりました。


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↑7リッターのエンジンを押し込み、太くなったスペアタイヤを収める為ノーズが異様に長くなったMk-Ⅱ。フロントフェンダー側面のスポイラーやリアカウルの垂直な3角フィンなど、空力面でもユニークな処理が特徴的です。


一方、フォードはアメリカ国内に新たな子会社、カークラフト社を設立。’66年シーズンを睨んだ新たなマシンの開発を開始していました。それは当時フォード最大の乗用車用エンジンであり、ストックカーレースで圧倒的な強さを見せていた427cu.in.エンジンを搭載したマークⅡでした。巨大なエンジン搭載の為ドライバーシートをやや前方に移動し、太くなったスペアタイヤ格納の為、ノーズが異様なまでに延長されていました。このマシンは’65シーズンは試験的に実戦参加する方向で開発が進められていました。・・・ところがそのポテンシャルに可能性を感じたロイ・ランとドナルド・フレイは、’65年5月になってマークⅡをこの年のルマンに本格投入することを決定。ルマン本戦まであと1か月と言うタイミングで、このマシンの熟成もシェルビー・アメリカンに託されたのでした。


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↑レンベイリーがデザインした通称”ルマン・ノーズ”を初めて装着した記念すべき1006号車。スタート6時間後にオーバーヒートでリタイア。モデルはビザール製のレジン完成品で、リンデン・グリーンのプレーンなボディを美しく再現しています。


シェルビーアメリカンの開発主体が7リッターのマークⅡに移行した事から、289cu.in. の標準的なフォードGTはロブ・ウォーカー(カーNo.7 1004号車 B・ボンデュラント/U.マリオーリ組)、スクーデリアフィリピネッティ(カーNo.6 1005号車H・ミューラー/R.バックナム組)、フォードフランス(カーNo.15 109号車 G・リジェ/M.トランティニアン組)、そしてFAVに託されました。この内、FAVからエントリーしたリンデングリーンという美しい緑色に塗られたカーNo.14(P1006号車)イネス・アイルランド、J.ウイットモア組のマシンは、レンベイリーがデザインした通称「ルマンノーズ」と呼ばれるフロントカウルを初めて採用したマシンとして意義深い1台です。その独特な顔付きは後のフォードGTの標準的な物となってゆきます。


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↑FAV時代からフォードGTの開発に携わったブルース・マクラーレンと、シェルビーのテストドライバーとして開発に加わったケン・マイルズがコンビを組んだカーNo.1(106号車)。3時間目にギアボックストラブルでリタイア。モデルはこちらもビザール製レジン完成品。特異なスタイリングをしっかり再現しています。


そしていよいよ1965年6月のルマン。フォードは2台のMk-Ⅱ=カーNo.1(106号車ケン・マイルズ/ブルース・マクラーレン組)、カーNo.2(107号車フィル・ヒル/クリス・エイモン組)と前述の4台の289cu.in.GT(Mk-Ⅰ)という陣容でレースに臨みました。予選では早速、ダウンフォース不足というMk-Ⅱの熟成不足が露呈しますが、アルミ板手叩きで垂直尾翼のようなフィンやスポイラーを追加して安定性が増すとタイムが上がり、フィル・ヒルの駆るカーNo.2(107号車)がポールポジションを獲得、2位にフェラーリ330P2を挟んで3~5をフォード勢が占めるという強さを見せました。


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↑かつてはフェラーリのエースとして鳴らしたフィル・ヒルと、66年にはマクラーレンとコンビを組む事になるクリス・エイモンのドライブしたカーNo.2(107号車)。スタート7時間目にクラッチトラブルでリタイア。同じくビザール製レジン完成品。


本戦でもMk-Ⅱは圧倒的な速さを見せ、ブルース・マクラーレンとクリス・エイモンがドライブする2台のMk-Ⅱは1-2体勢で序盤をリードします。しかし、レース開始1時間程でエイモンのクルマにギアトラブルが発生して後退、その後289エンジンのフォードもオーバーヒートやギアトラブルで続々とリタイヤ。最後に残ったカーNo.2(107号車)も、7時間後にクラッチトラブルを発生、前年に引き続きフォード勢は開始わずか7時間ほどで全車リタイヤとなってしまいました。


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↑1965年のルマンを制したマスティン・グレゴリー、ヨッヘン・リント組のフェラーリ275LM。ルイジ・キネッティ率いるNARTがエントリーしたマシンは驚くべき耐久性を示し、予期せぬトップでルマンを走り切りました。こちらはイクソ製のダイキャストモデル。美しい仕上がりですが、プロポーションはちょっとポッチャリ気味かも!?。


この年のルマンはまたしてもフェラーリの勝利・・・しかし、フェラーリ陣営にも波乱がありました。フェラーリがフォードGTに対抗すべく投入した最新鋭の330P-2は、こちらも相次ぐトラブルで脱落。ルイジ・キネッティ率いるNART(ノース・アメリカン・レーシング・チーム)のサポートカーである旧式なフェラーリ275LM、前年フォードGTをドライブしたマスティング・レゴリーと当時はまだ若手だったヨッヘン・リント組のカーNo.21は驚異的な耐久性を見せ、徐々に順位を上げて見事ルマンウイナーの栄冠を手にしました。結果的に見れば427cu.in.の怪物、Mk-Ⅱの投入は早すぎたと言う見方も出来るでしょう。しかし、こうした経験の積み重ねが、翌1966年の大躍進に繋がったのでした。


以下、(出来る範囲で)総力特集!! FORD GT40 Vol.4に続く。

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Comments
 No title
垂直尾翼やカナート(笑)が装備されたマークⅡ、
先にも書きましたが兵器に通じる試行錯誤がうかがえて興味深いです。

これが英軍機だと、たいがい駄っ作機で終わるのですが・・・
最終的に大成を果たしたフォードGTは、やはり凄いですね!
 No title
ねこざかな様

いらっしゃいませ~。
'65年のマークⅡ、4月のテストデーでは走らず、6月の予選でいきなり
走ってダウンォース不足が露呈、慌ててアルミ板曲げてスポイラー
を追する辺り、フォードも結構無茶な事するもんですよね(笑)。

ある意味、こんな感じで熟成が進んでゆくのって佳い時代だったのかな~
とも思います。今、例えばF1でこんな事やってたら勝てないですよね~。
流石に'66年はマークⅡの熟成に時間を掛けているので大きな成果が
出る訳ですが、その辺は次回、お送りしたいと思います。
'66はマシンのカラーがいきなり華やかになります。
 No title
かえる色の1006号車、、なんか安心します。

やはり、このノーズですよねー

へらーりは、あんまり好きじゃないんでアレですけど、やっぱ強かったのですねー
 No title
覆面える様

初期プロトタイプのシンプルなカタチも捨てがたいですが、
フォードGTと言ったらやっぱりこの顔ですよね。個人的にはやはり
ガルフカラーのJWAのマシンが(ヒストリーも含めて)好きです。

アメリカ本国ではフォードワークスのMk-Ⅱの方が人気があるっぽい
感じですが、逆境を跳ね返して勝利したJWAマシンは日本人の琴線
に触れ易いのかも知れませんね(笑)。

この年はフェラーリもアメリカのNARTが優勝してしまったのは何とも
ビミョ~な感じです。この275LMの勝ち方も日本人の琴線に語りかける
ものがあるように思います。
 No title
リアのフィンとフロントのカナード、ちょっとダルなノーズが如何にもル・マンスペシャルな感じ。ポルシェ917ラングヘックにも通じるかな?
フィンやカナードの空力デバイスはシャパラルの影響ですかね?

マークⅡといえば指揮者のカラヤンが289e/g積んだマークⅡをプライベートカーで所有していて、その個体が自分が高校生位の時に売りに出されてた事を思い出した。
ただでさえ高価なGT40なのに、カラヤンがかつて所有していたって事もあってかなりのプレミア価格だったのを覚えてる。
GT40をプライベートカーとして普段乗りしてた事も驚きだけど、GT40売っぱらった後にポルシェのRSR買ったってのがまた…(このポルシェもバブルの頃に売りに出されてたな)。
ドンだけスピード狂なんだ(実際にかなりのスピード狂だったらしい)w
 No title
シェルビーがいじった紺と白のクルマ、格好いいなぁ!ヽ(´ー`)ノ
前と後ろにちょっとアクセントが付いただけなのに、全然別物!

まだフォードGTの1/43は持ってないんで、
狙うとしたらこのバージョンが気に入りました!
 No title
桃色ジープ様

いらっしゃいませ~。
ポルシェのラングヘックなど、ルマンの場合はユノディエールの存在が
やはりマシンを最高速方向にシフトさせるのでしょうね。
フォードGT Mk-2の場合は予選で直進安定性不足が露呈し、
ピットでアルミ板を曲げて急遽スポイラーを付け足したのだそうです。
最終的にはリタイヤしてしまいますが、そんなモディファイで恐ろしく
速いマシンになってしまったのですから凄いですよね(笑)。

カラヤンのGT40については当方は良く知らないのですが、指揮者という
職業とは結び付きにくいチョイスですね。(RSRもそうですが。)
289エンジンだとすると市販バージョンのMk-3の可能性もあるかもしれません。
(・・・ネットで調べてみましたが今一つよく分かりませんでした。。。)
Mk-3自体も僅か7台しか製造されなかったので、とんでもないレアカー
と言えそうな1台ですね。RSRももちろん良いですが、個人的にはやっぱり
フォードGTの方が良いな~。・・・どっちも買えませんが。。。(笑)
 No title
FZIRO様

いらっしゃいませ~。
’65年のフォードGTMk-2、突貫工事で取り付けたスポイラー類が
闘うレーシングマシンしていてカッコ良いですよね。洗練された美しさ
とはまた違った強力な説得力があるように思います。

フォードGTといえばクロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」で主人公が
フォードGTでテスト走行するシーンが出て来ますが、あの個体は恐らくフォード・
フランスが’66年ルマンに出場させた289cu.in.の1007号車ではないかと思います。
また、’65年にフォード・フランスのGT40でルマンに出場したフランス人
F1ドライバー、モーリス・トランティニアンと言う人は、「男と女」の主演
俳優、ジャン・ルイ・トランティニアンの叔父さんなんだそうです。
・・・色々と面白いつながりがあるものですね。

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昭和41年丙午(ひのえうま)年生まれ

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